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神戸地方裁判所 昭和62年(わ)1041号 判決 1988年6月27日

主文

被告人を懲役二年及び罰金一億円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己の所得税を免れようと企て、昭和六一年分の総所得金額は八億一四八〇万三一三八円で、これに対する所得税額は五億五三五七万三六〇〇円であるにもかかわらず、継続して有価証券を売買したことによる所得のすべてを除外するなどの行為により、その総所得金額のうち八億一二二万四六七〇円を秘匿した上、同六二年二月一八日、兵庫県相生市垣内町二番四五号所在の所轄相生税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が一三五七万八四六八円で、これに対する還付を受ける源泉所得税額が一〇万七四〇五円(ただし、計算誤りのため一二万一九〇五円と記載。)である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額五億五三五七万三六〇〇円との差額五億五三六八万一〇〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

罰条 所得税法二三八条一項・二項(懲役刑罰金刑の併科)

労役場留置 刑法一八条

刑の執行猶予 刑法二五条一項(懲役刑について)

(量刑の事情)

本件は、五億五〇〇〇万円余の所得税をほ脱した事案であるが、その内容は、給与所得者ではあるが配当所得があるため、これまでも所得税の確定申告をしてきた被告人が従前と同様に、昭和六一年分の所得税の確定申告をするに際し、株式取引などによる多額の所得があるのに、それらを全部除外し、所得は給与所得と配当所得のみであって、雑所得その他の所得はない旨の確定申告書を自ら作成して税務署長に提出したというものであるところ、ほ脱税額が右のとおり極めて多額である上、ほ脱率も一〇〇パーセントを超えるなど一般に脱税事件において重視される情状に照らすと、刑責は重いといわざるをえない。しかしながら、本件を犯すに至った動機は、被告人が、かねてから父親から贈与を受けていた多数の株式が、高額に売却することができて多額の資金を得たことから、昭和六一年になって株式の取引を頻繁に行うようになり、八億円にも及ぶ多額の利得を得たが、今までは甲野化学工業株式会社の常務取締役ではあるが、年収一〇〇〇万円余の給与所得者として生活してきた身としては、初めての経験であり、また扱い兼ねる金額でもあったことから、このまま正直に申告すれば、住居地である相生税務署管内の高額所得者(いわゆる長者番付)の一番となって公表され、そうなれば、会社内(被告人は三九歳で常務取締役に就任している)や世間からやっかみ半分の目でみられるとともに、会社が有価証券投資あるいは有価証券売買で多額の利益を得ているいわゆる財テクで有名な会社であるため、担当重役である被告人が会社資金を流用しているのではないかと誤解されるものと思い、株式取引などによる利益を零として申告すれば、多額の所得税を脱税することにはなるが、高額所得者として公表されないためには、それも仕方がないものと考え、本件を敢行したものと認められるのであって、動機には十分酌量できるものがあること、株式などの取引はすべて被告人名義で行い、それに伴う資金の出し入れも太陽神戸銀行赤穂支店の被告人名義の普通預金口座のみにより行っているのであって、脱税をするための、またその発覚を妨げるための工作を全くしていないこと、大阪国税局の査察を受けるや、素直に事実を認め、所得税の本税五億五〇〇〇余万円・重加算税一億六六〇〇余万円及び市民税・県民税七七〇〇余万円をすべて納付し(以上を合計すると、申告を除外した所得全部にほぼ匹敵する。)本件を深く反省していること、これまで前科前歴のないのは勿論、会社では精一杯働き、また社会家庭でも問題のない生活を送ってきたことなど被告人のために酌むべき事情も多々あり、これら諸般の情状を斟酌すると、主文の各刑及び猶予期間とするのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中明生)

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